※本文の記事作成には社内の判断プロセスをリアルに書くため生成 AI を使っていません
はじめに
今年も弊社の Qiita アドベントカレンダーの最終日がやってきました。忙しい中、時には寝る時間を削ってまで記事を書いてくれた弊社メンバーにまずは感謝です。
今年の最終回は、私、繁田がリーダーを務める AI 戦略推進チームの2025年の振り返りとして、受託開発会社である弊社がどのようにして AI の全社導入に至ったか、その道のりをお伝えしたいと思います。成功事例というと少々おこがましいですが、同じような立場で悩んでいる企業担当者の方の参考になれば幸いです。
この記事の前提(弊社について)
弊社 qnote は、創業22年の受託開発会社です。現在、従業員は40名程度。Web アプリ開発、モバイルアプリ開発、デザイン制作、インフラ構築・保守など、いわゆる IT システム開発を幅広く扱っています。
一方で、弊社は AI に特化した会社ではありません。AI 専任の部署が元々あったわけでもなく、生成 AI を熟知したメンバーが揃っていたわけでもありません。
だからこそ、この記事は「最初から強い人がいてうまくいった成功話」ではなく、同じように社内での立ち位置や責任を抱えつつ、手探りで進めてきた企業担当者の方にとっての参考になればと思っています。
グレーゾーンの不安
今年の初め、社内で AI の話題が出るたびに、なんとも言えない空気が流れていました。ちょうど Cursor や Cline によるエージェンティックな AI 開発が世に出始めた頃だと思います。個人で ChatGPT や Claude を契約して業務に活用している人もちらほら居ましたが、それを堂々と言える雰囲気ではなく何か後ろめたさや悪いことをしている感が少なからずあったと思います。「業務情報を AI に入力しても大丈夫なのか」「契約上問題にならないか」という不安が常につきまとい、使っている人も使っていない人も、何か得体の知れない存在に居心地の悪さを感じビクビクしていたように思います。
私自身も同様で、個人契約の AI サービスで業務効率が上がっているのは事実でありつつも、これを会社として推奨していいのか判断がつかず、また、受託開発という業態上、お客様との機密保持契約も多いわけで、何か問題が起きたときに「会社として把握していませんでした」では済まされない。という今思えば散々な状況でした。要するに、会社として誰もレールを敷けていなかったというのが正直なところです。
全社アンケートから見えてきた本音
このままでは良くないと思い、AI利用の実態と、導入に対する本音を把握するため、まずは社員全員に匿名アンケートを実施しました。結果は想像以上に考えさせられる内容でした。
まず、すでに何らかの AI サービスを個人的に業務で使っている人が予想以上に多かったと思いました。ただし、その多くが「チームメンバには言っていない」状態。理由を聞くと、ルールがないから判断できない、というものが大半でした。
一方で、AI 導入に対して懐疑的な声も少なからずありました。興味深かったのは、「AI に頼ると馬鹿になるのでは」「今まで積み上げてきた技術や経験が否定されるようで抵抗がある」といった意見。これは技術を生業にしてきた私としても、とてもよく分かる感情です。
特に中堅層のエンジニアからは、若手が AI に頼りすぎることで学習機会が奪われるのではないか、という懸念も出ました。逆に、AI 導入で効率化が進むとベテランエンジニアばかりが優遇されるのではないか、という声もあり、立場によって見える景色が違うことを改めて実感しました。
このアンケート結果を整理したとき、これは技術や意識の問題ではなく、組織としての仕組みの問題で、みんな後押しして欲しいのだと気づきました。会社としてきちんとレールを敷かないと、いつまでもグレーゾーンのままなわけで、かと言って、ただ禁止するのではなく、正しく活用できる環境を整えることが、結果的に会社の競争力につながると思いました。そこからの行動は我ながら早かったように思います。



AI戦略推進チームの発足
その後、2025年4月、取締役会での承認を経て、AI 戦略推進チームを正式に発足させました。 このチームのテーマは「社内の誰もが AI を道具として使いこなせる会社」。AI を特別なものとしてではなく、実際の業務で使える道具として根付かせることを目指しました。 活動は「業務改善」「生産性向上」「ビジネス創出」の3つを柱とするよう設定しました。これらを段階的に推進していくことで、単なる効率化ツールの導入ではなく、会社全体の変革を図ろうという狙いです。 ただ、チームを作っただけでは何も変わらないわけでして、まず大事だと思って行動したのは、経営層を含めた全社的な合意形成でした。
経営層との対話
取締役会での稟議では、AI 導入の必要性を様々な角度から議論しました。経営観点からは「AIを入れて何が変わるのか」「本当に費用対効果はあるのか」という質問は当然のことから発生するわけなので、受託開発業界を取り巻く環境変化という客観的な事実をベースに説明しました。
実際に、業界全体で AI 導入による効率化が進んでおり、これは避けられないトレンドになっています。競合他社が AI で生産性を向上させれば、価格競争力や提案力に差が生まれるのは必然ですので、今の段階で AI 活用のノウハウを組織として蓄積しておくことが、数年後の競争力を左右する重要な投資になる、という視点から説明しました。この認識を経営陣と共有できたことが、議論の出発点となりました。
もう一つ重視したのは、社員の働き方の質を高めるという視点です。どの組織にも、本来であれば省略できるはずの形式的な作業や、価値を生みにくい定型業務が存在します。AI はこうした業務を効率化し、人間がやるべき仕事と、AI に任せるべき仕事を適切に切り分けることで、開発者が本来やりたいものづくりの本質的なところに集中できるのではないか、ということです。
これらの論点について経営陣と議論を重ね、AI 導入が単なる効率化ツールではなく、会社の競争力と社員の働きがいの両方を高める戦略的投資であるという共通認識を形成できました。この合意形成のプロセスこそが、その後の全社展開を支える基盤となったと思います。
おそらく、(いつものように)私一人が開発ルールを声高に唱える、いわゆるトップダウンアプローチだけでは達成できなかった事だと思います。
ChatGPT Business 導入への道
全社導入が決まったのは良いものの、どの AI エージェントを使うかという「手段」と、いかに費用対効果を理想的に抑えるかという「コスト」の問題がありました。
当初、弊社では Amazon Bedrock 上の Claude Code を試験導入していました。当時は Claude Code が業界的にも注目されており、私を含め、一部の開発メンバーで使用しておりましたが、Bedrock 上でセキュリティを担保しながら使用できるという点では非常に理想的でした。 しかし、従量課金によるコストが想定以上に膨らむという課題が浮上。短時間の利用でも数ドル単位の課金が発生し、複数メンバーが日常的に利用した場合、月間で100万円の規模に達する可能性が見えてきました。実績が見えていない状態では、弊社のような零細企業では稟議が通らない数字です。
そこで代替案として検討したのが、OpenAI の ChatGPT Business プランです。月額30ドルの固定料金で従量課金を気にせず利用できる点が決め手となりました。納期前や新規立ち上げ時などの大規模なコード生成時にもコストが上振れすることがないというのは安心材料です。
コーディングエージェントの Codex だけでなく、従来のチャットベースの ChatGPT はもちろん、画像生成の Sora や、AI ワークフローの Agent Builder など、最新のAIツールが使用でき、社内の様々な業務に展開しやすいというのも魅力でした。
ただし、技術選定において、一度決めたら固執するのではなく、状況に応じて柔軟に方針を変えること。これもAI活用においては重要な姿勢だと感じています。今後もより良い環境があれば導入の再選定をする必要はあると思っています。
導入後に見えてきた課題
さて、ChatGPT Business の全社導入が完了したことで、OpenAI が企業向けに提供するエンタープライズグレードのセキュリティや情報ガイドラインというレールが敷かれました。これによって、これまで抱えていたモヤモヤした気分もなくなり、晴れて AI を使えるようになったというのは大きな成果だと思います。もちろん、ベンダーのガイドラインがあるだけで全てが解決するわけではありません。弊社の場合は、これを土台にしつつ、社内でも「最低限ここだけは揃える」という線引きを置きました。例えば以下です。
- 使ってよいAI(会社契約のアカウントのみ)
- 入力してよい情報の範囲(お客様情報・機密情報・認証情報は原則投入しない、など)
- プロンプトやナレッジの共有場所(Teamsに共有チャンネルを作る)
- 困ったときの相談先(AI 戦略推進チームにエスカレーション)
こうした「最小限のレール」ができたことで、個人利用のグレーゾーンから一歩抜け出し、組織として AI を活用できている実感がありました。
ただ、その後も課題は色々出てきます。まず最も悩ましいのは、AI 関連の技術共有が難しいことです。ご存知の通り、AI の進化スピードは凄まじく、先月共有した技術やプロンプトのテクニックが、今月にはもう陳腐化してしまうこともあります。社内の LT で紹介した内容が、翌週のアップデートで使えなくなっていたりして、「キャッチアップが追いつかない」という声は、導入後のほうがむしろ増えました。
この点については、最新情報を追いかけることよりも、AI との対話の本質的な部分を理解することにフォーカスするようにしました。具体的なプロンプトのテクニックは変わっても、自分の課題を言語化する力、AI の回答を批判的に検証する力、そういった根本的なスキルは変わりません。そこを重点的に共有するようにしています。
もう一つの課題は、先ほども触れたジュニアエンジニアの学習機会の問題です。AI に頼れば答えが出てくる環境で、基礎から自分で考える力が育つのか。この懸念は各チームからも声は聞こえており、導入後も消えていません。
一方で、うまく AI を活用して学習機会を得ている人もいます。ですので、必ずしも「AI があるとエンジニアが育たない」とは言い切れないとも感じています。インターネット黎明期にも、ネット検索ですぐ答えを求める人は「考える過程」を奪われると批判されましたが、今では検索力そのものが成果を左右する場面も増えました。おそらくこの先、AI についても同じような流れになるのだと個人的には考えています。
今後の展望
2025年は、AI戦略推進チームにとって土台づくりの1年でした。社内 AI 基盤「Teams Intelligence Hub という 100% AI 開発プロダクトの社内運用開始、ソースコード管理基盤 GitLab の AI レビュー自動化、そして ChatGPT Business の全社導入。一つひとつは小さな一歩かもしれませんが、確実に前に進んでいる実感はあります。

2026年は、社内で培った技術と知見を社外にも展開していきたいと考えています。FUTABA.ai のような社内AI基盤の構築支援や、AI 活用のコンサルティングなど、qnote ならではの価値を市場に提供していきたいと思います。22 年間の受託開発で積み上げてきた経験と、この1年で得た AI 活用の知見を組み合わせることで、新しい価値が生まれると思います。
まとめ
というわけで長々と書いてしまいましたが、弊社の AI の全社導入は決して一筋縄ではいきませんでした。技術的な課題よりも、組織の合意形成やマインドセットの変革のほうがはるかに難しかったかなと思っています。それでも一歩ずつ進めてこられたのは、変化を受け入れてくれた社員のおかげです。
そんな弊社で一緒に働きたいエンジニアを募集しています。AI との協働に関心のある方は、ぜひこちらまで!
最後になりましたが、忙しい中アドベントカレンダーを書いてくれた弊社メンバー、お疲れ様でした。アウトプットは大事なので来年もよろしくね。
それでは、本年も大変お世話になりました。
2026年も変わらぬご愛顧のほど、どうかよろしくお願い申し上げます。
取締役兼 AI 戦略推進チームリーダー 繁田 卓二



